脂質ホテル

第4章⑥ 見えない橋
18.07.17脂質ホテル
見えない橋
橋を見渡せる丘に来て、オーナーは言った。
「あの橋の手前の群衆が見えますか? 」
よく見ると、
河にかかっている橋の手前で、
多くの人がキョロキョロしている。
渡るのかと思えば渡らず、
しばらくすると又やって来てくるが、
引き返えしてゆく。
「この辺りをずっとグルグル回っているのです。
より良い状態を求めてさまよっている、
中間層の人たちですが、
渡れない人たちは、橋が見えていないのです」
「えっつ? 橋が見えていないんですか」
「そうです、見えていません。
縁というのは、
河の向こうへ自分をはこぶ橋のようなもので、
準備がでれば、橋は誰にでも見えますが、
準備ができていないと橋は見えないのです。
橋が見えたら、
あとは渡れば、より良い世界が待っていますが、
橋が見えないなら、
その手前の世界にとどまるしかありません」
「では準備って、
いったい何をすればいいのでしょう?」
「それは、
小さな嘘をつかないことです」
「小さな嘘?」
「自分は、どう見えるか、
どう思われるか、が邪魔をして、
事実を曲げてしまう「すり替え」が、
小さな嘘です。
人をより高いところへ導く存在は、
橋の向こうにいますが、
小さな嘘(すり替え)が多いと、
その人を伸ばす事が出来ないのです」
素直という事か・・・。
わたしは、あることを思い出した。
オリンピックメダリストが、
将来性のある子に卓球を個人指導する番組だった。
メダリストは小学生に言った。
「初めに約束してほしい、とても大切なことがあるの」
わたしは「あきらめない事」
とか言うのだろうとタカをくくっていた。
でもメダリストが、将来のある子に、
最重要視していたことは違った。
「嘘をつかないって、約束してくれる?」
さすがだ。
彼女自身、その重要性を経験してきたからこそ、
メダリストにまでなったのだと思った。
人には才能があっても、芽が出ないことがある。
探していても、見えない橋がある。
縁は、人を選んでいるわけではなく、
人の方が、
自ら縁を遠ざけてしまっているのかも知れない・・・。