脂質ホテル

第5章 我々は何処へ行くのか
18.10.21脂質ホテル
①レリーフィング
「少し休みましょう、紹介したい人がいます」
そう言って、オーナーに案内された先は、
大きな通りを一本隔てた静かな路にあった。
小石の敷き詰められた一間ほどの間口に
「脂質ホテル別邸」とある。
正面には、年代物の大きな木戸があり、
オーナーが木戸のカンヌキを外すと、
「ギー」という低い音とともに、
その扉は開いた。
迎えてくれたのは、
ひょうたん型の池をもつ、奥まった庭だった。
池には小さな橋が架かり、
私たちの踏みしめる小石の音で気配を察したのか、
鯉たちが橋の創りだす影へと逃げ込んだ。
池に水をそそぐポンプの音が、
独特のリズムを醸し出している。
庭の奥へと続く飛び石を進むと、
左手に三階建ての建物、
まるで上海かどこかの、
旧領事館あとの様な佇まいだ。
一階はラウンジになっているようで、
中から女性が出迎えてくれた。
「紹介します、楊子さんです」
「初めまして楊子です」
私は、案内されるがままに、
庭にある椅子に腰掛け、お茶を用意してもらう間、
オーナーは池の鯉に餌をあげていた。
「鯉は、平和な魚で、喧嘩をしないんですよ。
新しい仲間がくると、
まずリーダーが池をグルっと案内するんです。
それから、みんな仲良く泳ぐんです。
横から見て楽しむ水槽の魚と違い、
鯉は上から眺めても背中の模様が美しく、
性格も良く、丈夫で長生きするので、
昔から人々に好まれたんです」
「確かに鯉は、泳ぎ方もどことなく優雅ですよね」
「この後、
揚子さんからレリーフィングを受けてください。
わたしは少し寄るところがあるので、
後でお会いしましょう。
良かったら911を運転してみませんか?
「道はナビが案内するので心配ありません」
と言って、キーを渡された。