SHIENA WORLD

COLUMN
YOCCOの部屋

シエナ誕生秘話 3

18.03.19YOCCOの部屋

『働きマン』

 

一世を風靡した
有名な漫画のタイトルですね(笑)
当時の私を一言で表すと、
まさに「働きマン」でした。
再就職を果たした嬉しさと
子供を亡くした悲しみから、
それはそれは働きました、
正に働きマンでした。

その結果、
元々は「美容院のおまけ業務」
としてのエステが、
いつの間にか
土日は予約で休む暇もないくらいの
人気メニューとなっていきました。

エステを目当てに
美容院へ来るお客様が増え、
多くのセッションを経験することで、
レリーフィングの原型が
このころ出来ました。

ただなでるようにマッサージするだけでは、
形は変えられないのです。
形を歪ませる「コリ」の存在にも
気づき始めました。

形が悪いところは「固い」のです。

そんな状況が約2年間続いたある日、
その企業がビルを建てることになり、

オーナーから
「美容院とは別のワンフロアを
まるまるエステサロンにして、
技術を教えたエステシャンを増やし、
マネージャーとして働いてみないか」
という話がきました。
「これは当たる。儲かる!」
とお金の匂いがしたのか、
破格のお給料も提示されました。

それまで美容院の片隅で、
自分一人でお客様を
施術していた状況から考えると、
大抜擢でした。

自分の技術が認められた
嬉しさもありました。
当時はまだ「レリーフィング」
という名前は付けていませんでしたが、

しかし、ふと考えたのです。
「私は何のために働いているのだろう」と。
もちろんお金は必要でした。
難病の子供の治療費で、
大きな借金を夫婦で背負っていたからです。

でもお金のためだけに
「働きマン」として、
日々を過ごしていたわけではなく……。

でもオーナーの目的と、
私の目指すものは、
違う気がしたのです。

私を買ってくれるのは、
嬉しい反面、
自分のやりたいことだけを、
会社にさせるわけにもゆかず、
悩んだ結果、

美容院を退職して、
自分で始める決心をしたのです。
全ての責任を背負って。

もちろん、
成功する保証は何もありませんでした。

自分に正直に生きたいと思ったから、
自分の思ったように行動しようと
したからです。

寄りみち